楽しけり

新規が伊野尾沼で右往左往しています

ふわり飄々、ではない伊野尾慧。「新体操への道」。

【注意:長いし、重いし、胃もたれするよ!】


本当は逃げたいような気さえします。でも、伊野尾担ならこれは逃げてはダメだと囁く声がして、どこに着地するかもわからないまま書き始めてみることにします。

メレンゲの気持ち」で「新体操への道」が始まった時、これはムチャだと多くの人が思ったのではないでしょうか。まず場所が青森、遠すぎる。そして期間が、短過ぎる。今まで、ダンスはともかく体操のトレーニングも筋トレもしておらず、「ジャニーズなのに運動神経悪い」ことを売りにしている人が挑戦するには、悪い条件が揃い過ぎている。

それでも、企画は始まってしまいました。心配な気持ちでテレビ画面を見つめるオタクに、雑誌を追うオタクに、伊野尾さんはサラリと言ってのけるんですよ。「新しいことに挑戦するのは、楽しい。」そう、自担が何より怖いと言うのは、同じことを繰り返して何も新しい景色を見ないまま一生を終えること。だから、普通に生きていたら見られない景色が次々に見られる、歌もコンサートも、演技もバラエティもラジオも情報番組も、こんなに幅広く携わることが出来る今の仕事が楽しいと。

そして、ファンはただ声援を送るしかないのです。どんなに心配でも。毎週土曜日、「メレンゲの気持ち」が放送されると、「新体操への道」だけ録画分割して、ナンバーをふり、それだけの為のディスクに焼いて保存する日々。最初のうちは、大変なことを前にヘラヘラと笑ってみせる伊野尾さんにさすがだ!とキュッと拳を握ったものですが、既にAYAさんのところの筋トレだけで、見ているのが苦しい。少し長い距離を走ると、口の中に鉄のような血のような味がするかと思いますが、ただ見ているだけなのに口の中にその味が広がるような気がします。苦しい。そこまで伝える力があるということはテレビとして成功なのかもしれない。だけどキツい。そして、それよりもキツいのは、ヘラヘラしてみせる余裕もなく口もきけない状態の彼。この姿をお茶の間の皆さんにお見せすることこそがツラい、という彼の声と表情。

こんなことは言いたくないけれども、テレビの中の人は、流す汗も苦悶の表情も、視聴者に消費されるコンテンツの一つなのだと理解していることと思います。伊野尾さんも、恐らくそれを分かってテレビカメラに撮られているはず。でも、伊野尾さんをそんな風にして消費したくない。そして、例えばこんなキツい筋トレをしている様子が絵になるのであれば、似合う人なのであれば、大変!辛そう!頑張って!と応援の気持ちはあっても、これほど見ていて辛くはなかったのかもしれない。例えばですが、光くんならとても似合うし、絵になると思うのです。

でも、自担は少し違うと考えていました。特に近年見せてきた中性的なまでの美しさや可愛らしさと儚さ、筋肉の付きにくい薄い身体に細い手足。ヘラヘラと本心を明かさない掴み所がなさそうな態度。自称ジャニーズ1運動神経の悪い男。美しさと賢さで全てが許されてきたかのように見せる人。積み上げた努力や大変さ辛さを見せることを、強く嫌う性質。そう、伊野尾さんが頑なまでに見せまいとしてきた「努力」が、多分この企画の趣旨。

声を張って自分を鼓舞してトレーニングを続ける伊野尾さんの姿に、「精神力もついてきた伊野尾」などと流されるナレーション。強い精神力?そんなものは、元から伊野尾さんには備わっているに決まっています。人一倍の負けん気がなくて、ジャニーズのデビュー組として勝ち残るだろうか。初めてなのに主演の舞台と初の生放送ラジオスタート、深夜に撮影されるドラマ出演が重なった2015年春。翌年2016年には、初めての主演映画撮影、さらに初めてアナウンサーの中に放り込まれた早朝の情報番組に、全く違う世代の人々が毎週ゲストにやってくる長寿番組。同時に始まった2つのレギュラー。全部、大学時代に比べればラク、とヘラリとふわふわ笑う。楽しいと言う。強くない訳がない。でも、その隠しておきたかった努力と負けん気をテレビに晒せと言う。

24時間テレビじゃないんだ、やめてくれとこぼしそうになる度に、「新しいことに挑戦するのは楽しい」という自担の言葉が頭を駆け巡ります。「知念と一緒に、コンサートでバク転披露したりしようかな」なんて、明るくコメントする自担。ただテレビの前で見ているだけのファンが、辛がってどうするって言うんです。自分自身の弱さを突き付けられるような毎週土曜日。

12/2の#15(知念くんとメールやり取りした回)では、とうとう腕の関節部分に大きな湿布が貼られています。明らかに腕に痛みがあるのだし、テレビカメラの前でも外さないのは、きっと外しているような場合ではない程だからと想像出来ます。この時の心配が、完結篇で想像以上のダメージと痛みだったことを知って震えました。骨が痛い、とは。手首から肘を通って肩まで痛みが全体にジンジンと芯まで伝わっているのではないだろうか。伊野尾さんは、この新体操だけ出来ればいいのではないのです。もし、写真撮影で腕をついて身体を支えるポーズがあったのならどうしよう。JUMPは人数が多いので全員写真の時、無理な体勢を取ってぎゅっと集まっていることもしばしばあることです。でも、痛いなどと言ったら他のメンバーや撮影スタッフさんに迷惑がかかる。そう思ったら、態度に出さないであろうし、ニッコリ笑わなくてはいけない。いつもは可愛い平和と楽しんで見ている写真すら、心配になってしまう。恐らく、そんな見られ方は伊野尾さんが最も嫌だと思うように見受けられるので、この時まさか…などと思ってドル誌などを見たりしないようにしますけれども。


そうして、とうとう2017年12月23日がやって来てしまいました。いつもにもまして顔色が白い。「照明のせいかな、伊野尾さん顔が緑!」とあさこさんが心配していた時のことも思い出します。ハラハラと見守る中、確かに練習よりもバク転が上手く行っていない。でも、直ぐに体勢を立て直して綺麗なポーズを取って演技を続けます。

そして、演技が終わって見せた顔は、やりきった満足感というよりは、悔しさ。悔しいと連呼し、言葉に詰まって、そして涙。このオタクは、泣くことも出来ずとにかく心配だし、労ってあげたいけれど、そんなことは到底出来ないのだし、久本さんやあさこさんや監督や村上佳菜子さんが、励ましたり褒めたりもらい泣きしたりするのをただただ見守っておりました。

頑張ったね、と言えば良いのだろうか。だけど、口惜しいのがよく分かって、それも自分だけのことであれば、またサラリと本心隠して何か少し面白いことでも言ったかもしれないけれど、多くの人が(多分画面のこちら側では想像出来ない程多く)関わっていたこのプロジェクトで、それは伊野尾さんの気持ちが許さなかったのだろう。久本さんが「伊野尾の好きなようにして良いんだよ」と言ったのは、もう一度挑戦してもいいよ、ということだったのかもしれない。それをしなかったのは、本当の本当に身体の痛みは限界であって、この場の全ての人たちを巻き込んで再挑戦したところで、この日この時にはもう上手くいかないと、冷静に判断したのではないか。


この企画を通して伊野尾さんは、何を得て何を犠牲にしたのだろうか。けして得るだけではなかった筈です。でも、得たものを書き出してみようと思います。そいつが、伊野尾担やらせて貰っているこのオタクのしらす干しスピリットじゃないかい?(ああ、とうとう脳が煮えちまったに違いない)


◉普段の伊野尾さんなら隠しておきたい筈の感情や努力を見せること。

頑張っていることを知られること自体が恥ずかしいというメンタリティの伊野尾さんなのに、それにまつわる過程や感情までもテレビカメラに撮られるということは、厳しいトレーニングより何よりハードルが高かったのではないかと思うのです。しかし、普段表に出さない感情を無理矢理でも人前で露わにする、というのは、こじつけに聞こえるかもしれませんが、芝居のワークショップでよく使われる手法です。また、演出家が稽古中に灰皿を投げ付けるのは、本当に苛立ってということもあるでしょうが、役者の感情にスイッチを入れる、固い蛇口を緩める目的もある訳です。(流石に、今や灰皿を投げる以外の方法で行っていると思いますが) このハードルを越えた伊野尾さんには、幾多のワークショップを受けた以上の濃厚な経験値が加えられた筈。最後に久本さんやあさこさんが慰めても励ましても、口惜しさの発露と涙が止められなかった伊野尾さんは、元々内にある本当は溢れるほど豊かな感情を出せた瞬間でもありました。今後、演技のお仕事でどんな役が来るかは分かりませんが、伊野尾さんは必ずこの経験を生かしてくるに違いありません。


◉(前段を受けて)新たな伊野尾慧の顔を世間に見せたこと

現在、世間にどのようなイメージで伊野尾さんが見られているのか、私はあまりに入れ込み過ぎているので、正直分からなくなっているところはあります。ただ、大声で自らを鼓舞する姿、痛みに苦しみながらそれをおして努力する姿、可憐に涙を零すのではなく男泣きする姿。それは、確実に従来の伊野尾さんのイメージではなかったであろうことは分かります。本当かどうか、大ちゃんはライブ中の「My Girl」で見せた表現力で「コードブルー」の名取先生を勝ち取ったという噂(あくまでも噂)があります。何が次の仕事に繋がるか分からない。

また、ファンは声を大にして違う!と叫びたいところですが、「ナヨナヨしている」などというイメージもあるであろう伊野尾さん。あれ、こいつなかなか根性ある?と思った層がいたとしたら、そら見たことか!と言いたい。なよやかなのは、見た目だけ。しなやかに強いのですよと言いたい。


◉痛くても口惜しくても笑うこと

これは元々、ジャニーズであり伊野尾慧たる伊野尾さんが元々持ち合わせていたスキルです。けれど、さらに追い込まれて体調が最悪でも(あさこさんが来てくれた回)、女性陣の写真が散りばめられたジャージを着て、キメキメで登場したり、バク転を綺麗に成功させて笑ったりしてみせた伊野尾さんに、大変にトキメキました。いや、ときめいている場合じゃないよね。でも、そのくらい魅力的だったんですよ。そして、本番でもかのロンダードからのバク転で殆ど頭を床にぶつけるような格好になってしまい、痛さとそれ以上にしまった!という気持ちがあった筈なのに、直後スラリと身体を伸ばして上方を見つめるポーズを取る時には、笑顔でキメているのです。当たり前?そう、演者として当然のことではある。でも、どれほど口惜しかったことか。元々持ってはいたスキルではあるけれど、この経験を「あの時笑えたのだからこのくらい」とのちに活かしてくる伊野尾さんであることをファンは知っていると思います。


◉恐らく伊野尾さんの根性を、ジャニーズ内にも知らしめたこと。

ジャニーズ、それは年頃の男子が大勢集められて日夜訓練に励み、振付師さんや先輩の言うことは絶対の世界である。確実に体育会系の世界でしょう。良くそんな中でやってきたな、伊野尾さん!山田くんが、後輩たちに圧倒的な支持を得ているのは、その美しさ、圧倒的な存在感と華、格好良さと数々の活躍といったところもあると思うのですが、それだけではなく、自身が公言するように努力と根性で今の場所を掴み取った人であり、そのメンタリティこそが非常に体育会系男子の共感を呼ぶからではないかと考えています。山田くんて、少女漫画だし、少年漫画。努力、挫折、涙、仲間、成功の非常に純度の高いエッセンスが詰まっている人。

さて、伊野尾さんに話を戻すと、まあ全然そんな感じではありません。HiHiの猪狩くんだけは、伊野尾担でいてくれるようですがあくまでファンなのであって、尊敬する先輩とか目標というのとちょっと違う気がします。ジャニーズという組織の中で、汗を流していないように見える人というのは何となくアウェイなのではないか。

山田くんが、「メレンゲ」に来た時、バク転教室での練習風景を見て、「伊野尾ちゃん根性ある」と評価してくれていましたし、こんな機会を与えてくれてありがとうございますと、番組に御礼まで言っていました。でも、あの時のバク転の練習なんて、その後の数々の練習に比べたらまだまだゆるく見えるレベルです。いままで散々一緒に振りの練習などしてキツい条件下でも共に乗り越えてきたであろうに、その山田くんにそう言わせるとは、伊野尾さんは人前で汗を流すことをどれだけ周到に避けてきたのだろう、と思わずにいられません。となれば、メンバーよりも一緒にいる機会の少ない後輩たちならなおのこと、「努力の人ではない」「かと言って天才という訳でもない」という評価をしてきたかもしれないと思うのです。

その伊野尾さんが見せた、泥くさいまでの努力の様子は、ジャニーズという組織の中で、賛意を持って受け止められたのではないでしょうか。「見直した」のではないか。そして、もしかしたらメンバーも。メンバーは、伊野尾さんが努力の人でもあるという事を、ファンなんか以上に知っている、と思っていたのですが、それでもここまで身体的な訓練を頑張るとは、と見直している可能性。


伊野尾さんと言えば、センセーションズのメイキングに収録されている手押し相撲ごっこで、真っ向から勝負せず、相手の力を逃し逃し隙を伺うといった戦法を取り、しかも勝ちもせず、圭人くんに抱きつくかたちになって周囲の笑いを誘うといったシーンを思い出します。とても、伊野尾さんらしいシーンだと思います。たとえは、質問されているのに、質問で返してみたり(かと思えば別の時に質問を質問で返すななどと言ってメンバーを困らせてみたり)、肩を揺らしてヘラヘラと笑ったり、かと思えばいつのまにか相手の懐に入っていたり。そして、今まで数々あった困難をその力を逃すようにして受け止めてきた(ように見せてきた)伊野尾さんが、今回は真っ向からぶつかって傷を負っているところすら見せてくれたのです。つまるところ。


だいぶ長々と書いてきました。本当に読む人に伝えたいなら、もっと推敲して短くしろと自分でも思います。それに、もし自分が伊野尾さんだとして、このオタクの戯れ言を読んだらきっと「うるせー、バカ」って言いたい。オタク、重くてゴメンな。

もはや、伊野尾さんはこの企画も過ぎて、相変わらず日々の仕事を睡眠時間足りなかったりしながら、今日も明日も頑張っていることと思います。


最後に、あのバク転教室の先生、大関真悟さんの言葉を引用させてください。


『4ヶ月ほぼ毎日のように練習しました。夜中だったり早朝だったり長いこと一緒にいたから本番号泣』


頑張ったね、ってとても一言では言い表せなくて、じゃあ長文になってもいいから書いてみようと書いてみて、案の定こんな長さです。でも、一緒に汗を流した方のこの短い言葉が全て、と言いたいほど胸をうちました。4ヶ月の間、あの仕事の時も、この仕事の時も。スケジュールさえ許せば、練習を続けて、ずっと続けてきたんですよね、少しもそんな素ぶりを見せることなく。

伊野尾さん。


end


(「伊野尾慧 新体操への道」#1〜#17+完結編 2017.8.19 〜2017.12.23)